「日本遺産」とは?|育成と伝承
日本遺産とは、文化庁が認定する歴史や文化を伝えるストーリーのことです。
単なる建造物や遺跡ではなく、地域に残る「物語」を重視した審査が行われ、現在は105のストーリーが日本遺産として登録されています。(2025/3/8時点)
参考:文化庁「日本遺産ポータルサイト」

日本遺産と世界遺産との違い
日本遺産と世界遺産は言葉が似ていますが、明確な違いがあります。
日本遺産(文化庁)
- 地域の歴史や文化を重視(無形)
- 人材育成・伝承、環境整備など、遺産を活用していくことを目的
- 例)「四国遍路」~回遊型巡礼路と独自の巡礼文化~、灯り舞う半島 能登~熱狂のキリコ祭り~、「信長公のおもてなし」が息づく戦国城下町・岐阜
世界遺産(ユネスコ)
- 移動が不可能な土地や建造物が対象(有形)
- 遺産を保護することを目的
- 例)ガウディの作品群 <スペイン>、マチュ・ピチュ <ペルー共和国>、屋久島 <日本国>など
日本遺産の構成文化財に建造物などが含まれることも多いですが、建物などを含めたストーリーを評価するという点で、無形か有形か、遺産の活用か保護か、という違いがあります。
小樽と日本遺産の関わり|単独認定に至るまで
小樽では、2025年2月4日に「北海道の『心臓』と呼ばれたまち・小樽~「民の力」で創られ蘇った北の商都」(以下、「北海道の『心臓』」)のストーリーが日本遺産に認定されました。
実はこれまでにも、以下の2つのストーリーで小樽は認定されていました。
参考:小樽市「「北海道の『心臓』と呼ばれたまち・小樽」が日本遺産に認定されました。」
1.北前船(2017年認定)
北前船とは、江戸時代から明治時代にかけて、日本海沿岸を結びながら物流を担った小さな船です。
北前船を軸としたストーリーで、16道府県全52自治体による広域日本遺産として文化庁に認定されました。
小樽も北前船の寄港地として栄えた歴史があり、現在でも、北前船交易の名残を感じる歴史的建造物が残っています。
参考:荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落~
2.炭鉄港(2019年認定)
北海道の発展を支えた石炭(炭)・鉄鋼(鉄)・港湾(港)の産業遺産をテーマに、8市4町の共同申請が認定されました。
小樽は石炭の積出港として重要な役割を果たし、日本の近代化に貢献しました。
このように、これまでは他の地域と共同での認定でした。
しかし、「北海道の『心臓』」は小樽単独のストーリーとして認められたのです。
小樽初の単独認定「北海道の『心臓』」とは?
小樽が発展し、北日本随一の都市とも呼ばれる時代もありながら、高度経済成長期には「斜陽のまち」と呼ばれ、沈みかけたことがありました。
その時動いた民の力を軸とした、以下のようなストーリーで構成されています。
- ニシンで栄えた小樽
- 海路と鉄路が交差した大動脈
- 物流拠点に集う倉庫と銀行
- 小樽運河というプライドを守ろうとした民の姿
過去に日本遺産に申請したものの不認定という結果を受け、諦めることなく再申請を行い、官民一体となって取り組んだ成果によって、2025年2月4月に認定されました。
追い風となった「港の表彰」と「民の鼓動」
今回の日本遺産認定には、地域の評価を高める出来事が重なりました。
その中でも特に影響を与えたのが、以下の3つです。
小樽港がポート・オブ・ザ・イヤー2024を受賞
小樽港は、北海道日本海側の物流・交流拠点として長年にわたり重要な役割を果たしてきました。
近年は第3号ふ頭の再開発を進め、大型クルーズ船の寄港対応や港湾緑地の整備を実施。
さらに、官民連携による「みなとオアシス小樽」の取り組みが評価され、港の賑わい創出に大きく貢献しました。
旧北海製罐第3倉庫の鼓動が再び
小樽運河が完成した翌年に建設された「旧北海製罐第3倉庫」。
2021年、小樽市に無償譲渡されたことを機に、NPO法人 OTARU CREATIVE PLUSが設立。
小樽の資源をクリエイティブに活用し、小樽独自の魅力づくりを推進するため、特に旧北海製罐第3倉庫の利活用について検討されてきました。
また、小樽運河竣工100周年を祝うため、市内の若者を中心に結成されたOtaru Next 100 実行委員会が旧北海製罐第3倉庫周辺でイベントを企画。ハードとソフトの両面から、小樽の新しい可能性を示しました。

小樽市総合博物館が、日本博物館協会賞を受賞
第5回日本博物館協会賞(公益財団法人日本博物館協会)を小樽市総合博物館が受賞しました。
北海道内での受賞は初。選定理由として、地域のアイデンティティを確立した都市再生の好事例と評価されました。
博物館の取り組みが、地域の歴史や文化の発信力をさらに高めています。
このように、日本遺産の候補地となった2021年以降、小樽の歴史や文化を再評価する動きが市内で活発化し、さまざまな分野での高評価に繋がったと考えられます。
「北海道の『心臓』」の認定は、地域に刻まれた民の力が、今も息づいている証でもあると言えるでしょう。
ハート・フェスの取り組み|ソーラン節の似合うまち小樽
ハート・フェスでは、初年度の開催から「北海道の『心臓』」の認知拡大を目的の1つに掲げていました。
特に2回目となる2024年は、道内各地から37団体が小樽に集結。
歴史や文化の残る小樽の街並み、目の前に広がる海を舞台にYOSAKOIソーランを踊り、再び各地へ戻っていく。
その光景は、まるで小樽を中心に道内へと活力を巡らせる「北海道の『心臓』」そのものを感じさせてくれました。
また、ハート・フェスでは次世代へ文化を継承するための取り組みも積極的に行っています。
- 小樽市民がYOSAKOIソーランに触れられる環境を作り、まちの魅力向上に貢献
- 小樽の子どもたちへの指導や新チームの設立を通じた地域貢献と伝承
- 小樽の歴史を学ぶスタンプラリーの実施
これらの活動は、ニシン漁の際に歌われていたソーラン節を踊りとして伝承し、次世代へ受け継ぐための大切な役割を担っています。
小樽が単独で日本遺産に認定された今、ハート・フェスのような取り組みは、文化の継承と地域活性化の双方に貢献するものです。

まとめ:小樽の新たなステップへ
「北海道の『心臓』」という日本遺産の認定は、小樽の歴史を改めて見つめ直す機会となります。これまでの「北前船」「炭鉄港」との違いは、小樽単独のストーリーとして認められた点です。
この認定を活かし、小樽がどのように発展していくのか。
小樽での、これからの取り組みに注目が集まります。

郷土史研究ライター
盛 合 将 矢
もりあいまさや
小樽案内人検定所持|北海道新聞折込フリーペーパーKazeru『歴史巡るおたる』や、小樽観光協会ホームページのコラムなどを担当|NPO法人小樽民家再生プロジェクト会員